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いじめられた体験

【 お名前 】:N K
【 メールアドレス 】:
【 年 齢 】:18 歳
【 年 代 】:10~19歳
【 性 別 】:女性
【 職 業 】:高校生・中学生・小学生
【 地 域 】:関東
【 学 年 】:高校3年生
【 投稿内容 】:いじめられた体験
【 体験内容 】:
「黙認されるイジメ」2

2年生になると無断欠席が増え、校内にある相談室をよく訪れるようになりました。
食欲がなく、日によっては給食を食べない事もありました。周りからは不思議がられましたが、
「食欲不振の原因は、あんたらだ!」とは、言えませんでした。
イジメは、1年生の時に比べて悪化していました。学年全体からはっきりと、黙認あるいは黙殺されたのです。

奴らは、暇さえあればからかいに来ます。中でもキレる寸前までいったのが、
弟にまで被害が及んだ事でした。奴らは、弟にも嫌がらせをして、
通りがかった先生から注意を受けているのです。
ある日、給食の準備が行われている教室で、私は怒鳴り散らしていました。
人目も気にせずに、奴ら目がけて声を張り上げ続けたのです。思わず殴ろうと手を出しましたが、
かわされたように記憶しています。かなり、頭に血が登っていました。
担任の先生と教育実習生が教室に来るなり、慌てて止めに入りました。
例え、自惚れであろうと、自己満足であろうと護りたいものがある。しかし周りには、
「普段、おとなしい奴ほどキレると厄介だ」くらいにしか、思われていないようでした。
唯一、親しくなって間もない転入生だけが、私をなだめてくれました。

やがて、同級生の間である噂が流れました。「〇〇とは、関わらない方が良い」と。
知人からのメールで噂を知った私は、当然の事のようにその内容を肯定しました。

「殺意が湧いた」

日直になったある日、単刀直入に学級日誌にそう書いたのです。自分がどれ程、
追い詰められているのか。どれ程、イジメを行っている生徒や、
それを黙認・黙殺している生徒を恨んでいるのか。奴らに、分からせて遣りたかったのです。
反応は直ぐにありました。当時の担任の先生が、慌てた様子で話し掛けてきたのです。
「大丈夫?」という問いに、殆ど感情も無く頷いたのを憶えています。
事実、私が生徒を傷つける事はありませんでした。第一、生き物を傷つける事に抵抗があるし、
そこまで堕ちてもいなければ、腐ってもいません。

この年、手首を切るようになりました。学校生活から感じるストレスや不満。
不条理で、精神が完全に傾いてしまったのです。
私は「誰も助けてくれないのだ」と、自分の殻に閉じ籠もっていきました。
先生たちは、イジメをしている生徒を叱ることはあります。ただ、
(私の事に限れば)親を呼んで話し合うという事はありませんでした。
イジメについて、先生たちの中にも諦めている人は多かったです。場合によっては、
イジメと認識されていない部分もあったと思います。暴力は振るわない。…
精神的に追い詰めるイジメが主流ですから。

先生たちの見方にはまず、イジメる側の精神が幼いと判断している所がありました。
確かに、幼い連中が多かったです。そして、全員質が悪い。私を毛嫌いする奴らは、
こちらに言わせれば、「腐って」います。人を傷付ける事に、なんの抵抗も無いのです。
それどころか、人が怒ったり、苦しむ姿を見て楽しんでいるのです。男女関係なく。
其のくせ女子の中には、自分が少しイジメられると涙を流して抗議する奴がいました。
まるで、一方的な被害者の様に。
(腹が立つ。)
(自分が、普段している事を思い出してみろ!)
───私は、助けてやる気にはなれませんでした。

そして、質の悪い先生について言えば、生徒に口で勝てません。
生徒に悪口を言われたり、ため口・上から目線で言いたい放題言われて終わりです。
こんな先生がイジメを解決できる筈がありません。明らかに見て見ぬ振りをされる事さえありました。
そんな先生には、はなから相談などしません。イジメを行う奴らの発言は直接的ではないけれど、
置き換えれば「寧ろ死ね」。授業中、目の前でこんな発言をした生徒にお咎めなし。
そもそも癇に障る奴だったけれど、それ以降、軽蔑と反抗の眼差しを向け続けました。
まして、尊敬など欠片も在りません。

3年生になった時、殆ど居場所を失っていました。2年生の時の発言が尾を引いていたのでしょう。
いつの間にか視界の中でさえ、ひそひそ話をされるようになりました。
学校へは行くものの、昇降口で引き返して学校の傍の公園へで暫く過ごす事もありました。
私にとって学校は、安心して過ごせる場所ではなかったのです。
一度、2年生の時の担任の先生が話を聞いてくれた事がありました。
しかし、深呼吸を勧められ、一気にシラけてしまいました。
「そんな事で気が晴れるならば、苦労はない」というのが、正直なところです。
例え教室へ行けたとしても、他の生徒と過ごす事が嫌で嫌で仕方がありませんでした。
そして、試験の日がまた辛いのです。

普段は、班員同士が机を向かい合わせにして食べる給食。
しかし、試験の日には自由に机を移動し、好きな者同士が集まって食べることが許されていたのです。
私は、1人で食べる方が落ち着くので、決まって教室の隅に机を置きました。
なるべく、みんなの視界に入らないようにする為です。給食中に限らず、1人でいると目立つのです。
周りは私を、群れない事を理由に珍しがるか、人間として軽蔑するかのどちらかでした。
グループ行動をするのが当然だ、と思っている生徒が多かったのです。
食事中にジロジロ見られ、また陰口を叩かれる。
皆が1人でいる事を認めようとしない事が辛く、寂しかったです。
そして、この年の担任の先生は唯一、私の意志よりも教室の雰囲気を読んだ人でした。
割と友好的なグループの食卓に、私を組み込んだのです。ありがた迷惑な反面、
生徒たちの視線からは解放されました。

この年も、教室を抜け出しました。気付けば、3年生の後半は届けを出していないだけで、
事実上は相談室登校の状態になっていました。それでも私が不登校にならずに済んだのは、
相談員さんのお陰です。感謝です。中学校最後の通信簿に、
「自分の行動を省みよう」と書いてありました。私はそれを家で読んだのですが、
なんだかイライラしました。そして、声に出して言いました。
「あなた方もね」。…あなた方は結局、イジメを解決出来なかったのだから。

私は冷めた所があるので、突き詰めれば誰のことも信用していませんでした。
冷めていると言えば、両親もそうです。根本的に興味がないのです。
表面上、気にはしているし話も聞いてくれます。(相談相手は主に母)しかし、
心の何処かでどうでも良いと思っている。自分も同じ人種なので分かります。
積極的に解決しようとはしません。無断欠席さえしなければ基本、休んでもお咎めなし。
父が偶に、父親らしいく尤らしい事を言うだけです。
それでも、心配の欠片を見付けて泣いたりもします。強くなりたい。ただ、
其れだけを思って。自分の情けなさに泣くのです。

それでも尚、期待してしまうのは何故か?
────誰かに頼る事が出来なければ、壊れてしまうからです。
自分一人で抱え込むには辛過ぎるからです。
痛がりなので、今は滅多に身体を傷つけません。しかし、精神的にはあの頃と変わらず、
自傷行為を繰り返している状態です。日々の生活には、現実味がありません。
イジメを行っていた生徒を「せめて、病院送りにしておけばっ!」と思う事もあります。
実際は、男子に暴力で勝てない事も分かっています。それでも、奴らが憎いのです。
イジメの後遺症は今も、私の中に残っています。
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いじめられた体験

【 お名前 】:N K
【 メールアドレス 】:
【 年 齢 】:18 歳
【 年 代 】:10~19歳
【 性 別 】:女性
【 職 業 】:高校生・中学生・小学生
【 地 域 】:関東
【 学 年 】:高校3年生
【 投稿内容 】:いじめられた体験
【 体験内容 】:
黙認される「イジメ」1(中学生の時の体験)


私がイジメを受けるようになったのは、中学校に入学して直ぐの頃でした。当時の私は、
小学生の時の経験から、周りとの間に壁を作ろうとしていました。
はじめから誰とも仲良くしなければ、面倒が無くて良いと思ったのです。
それと同時に、変わろうとしていた時期でもありました。
「言いたい事がはっきり言える子」になりたかったのです。
自惚れと自己満足という名の「正義感」から、友達をイジメる問題児たちを大声で怒鳴る日々。
しかし、友達にとってはどうやら私も迷惑だったようです。大人しくなった事で、
私は周囲から完全に嘗められてしまいました。

更に墓穴を掘ったのが、問題児たちへの対応の仕方でした。奴らは、からかう様な口調で話し掛けてくるので、
返答するのが煩わしかったのです。私は気分屋のため、不満や不快感を抱いている時には、
相当態度に出ているようです。無視をする事も出来ましたが、しつこいのでいい加減な対応ばかりしていた所、
他の生徒からも不信感をもたれてしまったようです。私は段々と、
男女両方から嫌がらせを受けるようになりました。

女子数人で私を囲み、どうでもよい内容の質問を次々にしたり。
行く手を塞ぎ、変なリズムに私の名前をのせながら、簡単な振りで踊って見せたり。(かなりの屈辱だ)
私の机の周りを囲んで、私には全く関係の無い話をしたり。鏡で反射させた光を、顔に当てられたりしました。

男子には、掃除サボりの濡れ衣を着せられた事もありました。実際にサボッているのは、奴らだと言うのに。
屈辱と怒りに耐えながら、先生の前で廊下の雑巾がけをしました。
先生は「あいつらは、〇〇が雑巾がけすれば満足なんだから。…な?」と、言い聞かせるように私に言いました。
しかし私は、諦めて従うより他ない事が、腹立たしくて仕方がありませんでした。
こうした嫌がらせが酷くなり、イジメになってしまった訳です。

当時の避難場所は、保健室でした。よくそこで、保健の先生や担任の先生に相談をしていました。
泣くことも多かったです。あまりの屈辱に、具体的にどんな事を言われたのか、
キチンと説明出来ない事もありました。また、教室を抜け出して先生に迷惑を掛ける事もありました。

イジメに遭う度、歯を食い縛り、拳を握り締め、じっと耐えていました。
相手が誰であれ、キレてしまえば関係ないからです。かといって、
男子を相手に殴り合いになれば、確実に負けるでしょう。
学校で我慢をする反面、家ではよく癇癪を起こしていました。家族に八つ当たりをしたり、
鉛筆などの身近なモノを壊すのです。泣く事もあり、自然と愚痴も多くなりました。

イジメられていたのは、私や友達だけではありません。
同級生の中には、同じような立場の生徒が何人かいました。
しかし、お互いにイジメを解決出来ないまま進級してしまいました。
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いじめはやめよう

Author:いじめはやめよう
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